異論
人は既に自分の中に答えを持っている。
その答えの違う形を追い求めている場合もあるし、自分の考えを肯定されたいと思っている場合もある。
一方で、全く正反対の意見や、否定される場面がある。
こうした場合、殆どの人が話を聞き入れない。
僕達は、自分の正解(正義)を突き進みたい。
故に、反対の意見(話)はこれまでの自分の信じた世界を否定する事になるので、それを認めようとしない。
しかし、それは果たして真実なのだろうか?
当然、正反対側に立つ人はそれでこれまで成長してきている訳で、間違いではない。
つまり、その世界も正しいのだ。
僕らは世の中をフィルタリングして、得たいモノのみを選ぶ。
すると、そればかりが集まり、世界を自ずから狭くしている。。
故に、他の世界を排除させる。
この選択は、広い・無限にある世界を大きく切る取る。
真実を見えなくさせる。
故に、個人にとって得策ではない。
己の持つ世界観を否定する必要はないが、世界を狭めるのは真実から遠ざかる事を知ると、己の感覚は「真実なのか?」と疑問を持ちつつ、他の世界も感じてみようとする心を持つ事が世界を広げる事に繋がる。
世界は己一人のモノではないし、色んな(異論な)世界が無限に存在する。
それらを知って行く事が人生を豊かにさせる。
