みんな
私にとって『いい人』は、あの人にとって『いい人』であるかどうかは分かりません。
私にとって『いい人』は、私がその人の『いい所』を観ているからです。
そうしてあの人はその『いい所』を受け取れずにいるからです。
人は皆、【色眼鏡】をかけて生きています。
生れた環境、躾、教え、付き合う人々、血液型、身体的特徴、食べ物、話す言語(方言)、分化、風習・・・
それらにより色眼鏡がかかります。
その色眼鏡を通して世界を観るので、自分にとって○○は、相手にとって〇〇と観えている訳ではありません。
この観えると言う言葉は比喩的表現として使われますが、実際に、観えてる世界が違う事を私はつい先日、初めて知りました。
ブログに何度か書きましたが、私は右目で対象を捉え、左目はトンチンカンな所を観ています(これは検査で初めて知りました)
クライアントは対象物が、現れたり、消えたりするんだとか!!(これも検査で分かりました)
同じモノを観てると思っているのは大間違いだって事です!!
一人ひとり本当に観ている世界が違うのです!
比喩的表現ではなく、ほ・ん・と・うに観てる世界が違うのです!!
自分がそれが好きだから誰かにススメても、それを相手が好きになるかどうかは別問題です。
しかし、自分はこれが好きよと相手に伝える事は重要です。
だって自分はそれが嫌いだけど、あなたはそれが好きなんだと知れるから。
結局、自分の価値観で他人を評価するので、言わなかったら皆んな自分と同じだと思い込みます。
皆んな違う事を知って行く。
それを知る為には色んな人と会話する。
自分にとって嫌い(苦手)であっても、他人はそれが好きかもしれません。
否定するのではなく、受けとめる。
受け入れではなく、受けとめる。
止めるのです。
入れる必要はありません。
知ってあげるだけで、相手は安心します。
皆んな違います。
だから面白いのです。