腐った者がそばに居ると
腐ったモノをそばに置けば、周りまで腐ってしまう・・・
これは、自然界でも人間関係でもよく知られた現象だ。
例えば、冷蔵庫の中にあるひとつの腐った野菜は、他の食材にもカビや異臭を移してしまう。
人間関係も同じで、愚痴ばかり言う人がひとりいるだけで、場の空気は重たくなり、周囲の人の心持ちも沈んでいく。
ふと思った。
ではその逆は?
健やかで整ったものをそばに置けば、周囲も健やかになるのか?
元気な人のそばにいると、元気になる。
穏やかな人と一緒にいると、心が静かになる。
確かに、そんな経験は誰しもが持っているはずだ。
ただ、腐敗が一気に広がるのに対し、健全さの伝播は時間がかかる。
腐ったものはすぐに臭いを放ち、汚れ、全体を台無しにするが、整ったものはじわじわと、静かに周囲へ影響を与えていく。
発酵のプロセスのように。
そこには温度や湿度、菌のバランスといった“環境”が必要であり、丁寧な時間が流れている。
つまり、健全なものが周囲を変えるには「継続」と「場づくり」が欠かせない。
すぐには結果が出なくても、しっかりとそこに在り続けること。
整っているということ自体が、すでにまわりを整えているということ。
僕たちの身体にもこの原理はあてはまる。
一箇所でもしっかり動いている関節や、リズムよく動く横隔膜があれば、そこから全体の調和が生まれてくる。
反対に、ひとつの内臓が滞ると、腹部の筋肉は硬くなり、呼吸も浅くなり、全身が不協和音を奏でるようになる。
だからこそ、誰かや何かを整えたいと思った時、まず自分自身の状態を整えることが、いちばん遠いようでいて、いちばん近い近道になる。
言葉ではなく、在り方が伝播する。
すぐには目に見えなくても、確かに広がっていく。
腐敗ではなく、発酵の連鎖を。
急激な感染ではなく、じんわりと染みわたる共鳴を。
そんな「逆の力」があることを、僕達はちゃんと知っておきたい。
目に見える変化はなくても、健やかであるということは、それだけでまわりに働きかけている。