見え方は人により異なる
見る・見ていると言う現象は、脳の記憶から導き出されている現象。
脳が世界をどう“編集”しているかという話。
脳は視覚情報が入る前から、
「たぶん、こうだろう」
という仮説(予測)を立てています。
実際、網膜から一次視覚野に信号が届くよりも先に、前頭葉・側頭葉からトップダウン信号が降りてきます。
これにより脳は、曖昧な視覚情報でも即座に意味づけできる。
だから、
・薄暗い場所で人影に見える
・文字の一部が欠けていても読める
・姿勢を一瞬で「いつもの歪み」と認識する
これは全て、過去の経験が先に走っているからです。
見えないものほど、脳は勝手に補完するという話を聞いた事があるかもしれません。
視神経が眼球から出る部分には、視細胞が存在しません。
そこを「盲点」と言います。

でも、僕らがその盲点(欠損)を自覚しません。
なぜなら脳が、周囲の情報と過去のパターンを使って“埋めている”からです。
ここが面白いところで、脳は「正確さ」より「一貫性」を優先します。
世界は正確である必要はない
破綻していなければいい
という、非常に人間的な判断基準です。
同じものを見て、全く違う世界を見ているという話がありますが、これは視力の差ではありません。
脳内のフィルターの差です。
過去に何千回も観察し、経験し、検証した経験が、「見る」という行為そのものを書き換えている。
つまり、
己の経験値から人の「見える世界が変わる」
と言う現象が起こります。
疲れていると世界が雑に見えるという話があります。
睡眠不足や交感神経優位の状態では、脳はエネルギー節約モードに入ります。
このとき、
・細部を見ない
・解像度を落とす
・既存のパターンで処理する
結果、
「ちゃんと見ていないのに、分かった気になる」。
これはミスや事故が増える理由でもありますし、何かしら“見落とし”が起こる瞬間でもある。
逆に言えば、
呼吸が深く、自律神経が整うと、
世界は急に立体的で豊かに見え始める。
僕達は、「今」を見ているつもりで、実際には過去の記憶・経験・感情を通して、現在を眺めている。
だからこそ、同じ景色でも
・安心している人
・不安な人
では、まるで違う色をしている。
見え方が変わると、
身体の緊張も
呼吸の深さも
選ぶ行動も
変わって行くのです。
