なら、ケーキ食えば?
裏表ない思い(発言・行動)には、生まれ育った環境によって差があります。
マリーアントワネットは食べるモノが豊富にあったので、パンが食べれないならケーキを食べると言う思考しか生まれない筈です。
一般市民の感情など経験した事がないから分かるはずがありません。
同様に、一般市民は王族の生活がどんなモノか?知れるはずもありません。
想像は出来ても、それはごく一部の事でしかありません。
相手の発言・行動に、やらしい感情があるか?何の意図もないか?は何となくの雰囲気から受け取るしかありません。
が、最初っから疑ってかかると『純粋』は受け取れません。
疑いのメガネを外して、こちらも純粋に接しないといけません。
そうして価値観は自分の中にしかなく、誰がどうこう言うモノでもありません。
本人がいつ、何に氣づけるか?
その人の成長も、多くの氣づきの習慣の中からでしか増やせないと思います。